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猫哲

2003.10.01の日記:
今日みたいないいお天気は知らない。

とある日記を見て、どきんとした。
奇跡をお祈りしてた、FIPの猫さんがとうとう空に召された。

強制給餌をやめてから、少しは自分の口を動かして好きなものを舐めたりもし、猫トイレに律義に自分で行ってたそうだ。
と聞くと、「もしかしたら生きてくれる」と胸がきゅっとなった。
だけど日記の作者は「期待は猫を苦しめる」と。
切なくて息が詰まった。

猫は積極的な治療を頑に拒否したという。
話ができれば、と思う。それは叶わない。
その上で猫の幸せを求めようとすると、人間にとっては辛い葛藤になる。

死に逝く事は、猫にとって、単純に生きる事の延長でしかない。
思い残す事も、悲しむ事も、諦める事もない。
あるがままが全て。
猫にとって生きる事は、今日の空みたいに、どこまでもピュアなんだな。
日記の飼い主は、葛藤を経てそれに気付き、猫の尊厳死を選択した。

いつかは直面することになる、ペットの老い、病気、死。
今日の空を忘れないでいようと思う。

ソマリ繋がりの友達とキャットショーで再会。その後メールが来た。
「猫は明日を恐れることもないし、今日を思い煩うこともないし、昨日を悔やむこともしないですものね。今だけを、ただありのままに生きているのが猫だと思います。」と。

ソクラテスになった猫」は猫哲じゃないけど、いちおう猫の生き方を参考にした哲学書。

ダンナさんが寝る前、「猫の哲学が頭に浮かんだ。逆説も説明できた。でも忘れちゃった。」と言った。
早く思い出して、文章にして欲しいにゃ〜。

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