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バウッダ(佛教)

バウッダ:Bauddha(ブッダor仏の教えを信奉する人・サンスクリット語)という本を読んでいる。
ひと月以上前から読み始めたのに、他の本に行ったり休んだりして進まない。
図書館の本だから、次の人の予約がないかビクビクしながら、借りるの延長してる。(^^;)

書き手によってはちっとも頭に入ってこない文体の人がいて、どうやらそれに当てはまるみたい。(--;)
とっても内容の濃い、手元に置きたい本なのに、頭に入ってきてくれない。
龍樹のときもそうだったな。(^^ゞ
・・・て、ジムで自転車漕ぎながら読むからかなぁ?

落ち着いて家で読むほうがいい。頭には入る。
でもすぐに睡魔が襲ってくる。なんで〜〜?(T^T)

この本ですごいなぁと思ったところを散文的に書いてみる。

「釈尊」と「大乗の諸仏」(判然と裁断される)についての叙述。
日本の、現象としての仏教文化をして、バウッダ(佛教)とは言えないこと。無縁とは言えないが。
それを、文献学混じりの仏典研究を踏まえた歴史(歴史を踏まえた文献学か)で見たこと。
経とは何か?…お経と呼ばれているもの(^^;)・・・くらい、定義が困難で、おおよそ阿含教典(=アーガマ…釈尊の直接の教えを伝える資料文献)とは違うということ。
般若心経も。んぅ。

今はかけ離れてしまった感のある大乗仏教の祖は、「空」を説いた龍樹。
空とはとらわれないこと、って。
部派仏教の「無我」の不徹底を衝いて「実体及び実体的思考の否定としての空」が打ち出されたのが、初期大乗仏教。
だけど前の阿含経に説かれていた無我は理論じゃなく実践の課題としてであり、「執着の否定としての無我」or「無我とはとらわれないこと」。

それと、以下の大乗仏教運動と関わり合い方が、まだいまいちつかめない。

大乗仏教…多数の在家信者→ボーディ・サットヴァ(菩薩)の実践。「他者の発見」があり、六ハラミツ説が立てられ、変革の機運が運動に高まって六波羅蜜経が成立、全体を統括するプラジュニャー・パーラミター(般若波羅蜜)という完結した形に整備され、般若経が登場した。
余談:波羅蜜の意味が「完成」のはずがチベットや中国に「到彼岸」として伝わっている。

さて、般若心経・・・という、まだこのあたりを読んでいる。。。

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