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釈徹宗氏×宮崎哲弥氏

新しいカテゴリーを作ったけど、これからも使うことあるのかな?
まあいいや。

今日、大阪の浄土真宗本願寺派本願寺津村別院(北御堂)で、釈徹宗氏と宮崎哲弥氏の公開講座があったので行ってきた。
ポピュラーなお二方なので、きっとH&Mの新規店舗オープンみたく並んで待っている人がいるかと思い、少し早めにでかけたのだが、列に並んだのは1時間前からで、それまでは本堂前の「親鸞さん」のアニメビデオで時間潰しするなど。
会場は400名先着順ということで、立ち見の人もいたようだ。整理券もなかったな。。。

会場には信徒さんと思われる数珠をお持ちの方が多く、始まりに「南無阿弥陀仏」と手を合わせられ、どぎまぎ。(^^ゞ
でも一般に向けてにも開かれた講座ということで、ありがたいこと。
一緒になって手を合わせる。数珠は忘れたけど。(^^ゞ

講座のテーマは「今、生きていることの意味 -仏教の智慧、現代への応用-」ということ。
でも話はお二人がジャイアンツファン(釈氏もカミングアウト)ということから始まって・・・。
どちらかというと、釈氏が話を振って宮崎氏が多く話すという進み方で、仏教者としての宮崎氏の素顔が実際に見聞きできて嬉しかったな。
家に釈氏も持ってないような教典があったり、祖父の影響により禅寺で修行させられたりしたことがあったりとかいう話は知らなかったし。
時間が許せば釈氏の著書(や研究?)の話も聞きたかったところだけど、あっという間に過ぎた感じ。

テーマに触れる話は、と?
思い出すままに書き出してみる。
ブッダ(というか釈迦)の言葉「言葉を棄てよ」、言葉に執着しないように。
「拘り」というのは悪い言葉だということ。
原始仏教を現代の解釈で見直せば、仏教は宗派を超えるのでは。(あ、これは私の言葉か(^^ゞ)
「葬式は要らない」と変わってきた現代にも、葬式仏教以外で仏教関係者にできることはないか?死生観を引き受けることができやしないか、みたいな。
(てっちゃんは僧侶を前に講演をしたこともあるようで、その際とある僧侶から「自死をした子を持つ親になんと言って良いか?」と問われたことがあると。釈氏はそういう時「形式」というものがある意味救いになるのでは、と。
テーラワーダのシンプルな教えが、特に若い人たちに支持されているのを、伝統宗門はどう受け止めるのか?てっちゃんがフランスの思想家の名前を言ったが、シモーヌ・ヴェイユと誰だっけ?エミール・シオラン?
自己決定を迫られるのが当たり前の昨今、確固たる自己のないまま、自分の行動責任というものを背負いきれないのでは。
仏教は「解答」を見つけるのではなく「問い続ける」こと。

つづく、としておこう。思い出したら書く。

と思ったけど、Twitterでスゴイ人がいらしたので、リンク。
釈徹宗×宮崎哲弥対談「今、生きていることの意味」まとめ

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