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仏教原論2019第1回"平成最後"()

今年も仏教原論。金曜日の夜に替わり。
今回はダンナさんも一緒に受講。

今回はオリエンテーション、この先(今日も含めて11回)のイントロということ。
・四聖諦(苦諦、集諦、滅諦、道諦)=仏教の根本
・教科書として『ごまかさない仏教』『仏教論争』

今日の一冊『100万回生きたねこ』佐野洋子 てっちゃんは仏教説話と捉えている。(釈さんはそれを「面白い」と)

最後にねこが死んでしまうというのに、良かった、と思えるのはなぜか?
前世を知りながら何度も生まれ変わる、つまり永遠の命、これも『苦』と捉える、という。←仏教的

・輪廻転生を繰り返すねこ「しぬのなんか へいきだった」*ここ重要(『死』は悪いものという近代的死生観から乖離している)
・飼い主(他者)は、ねこが死ぬと悲しむ。(自分の死は他者にしかわからない)
・ねこが、のらねこになると(誰のものでもなくなると)『生』を獲得=自我~自尊~自愛の意識に囚われる(煩悩)
ちなみに、「過去世の記憶を全て持っている」というのは仏陀と同じ(前生譚)
・ねこが白いねこと一緒になり子供を持ち、他者を大事に思うというのは、自愛の否定や、他者と自分という関係性(縁起)
いつまでも生きていたいと『生』への執着(まだ煩悩)
・白いねこが動かなくなり(本当の死を知り)100万回も泣き(苦しみ)
自論ここから→・夜になって 朝になって が 朝になって 夜になって に変わるところは悟り~俗世に戻る感じ
 ・ある日のお昼に(中論)
 ・ねこはなきやみました ねこは白いねこのとなりでしずかにうごかなくなりました。(自分の死を他者が見たらこれ ねこは自分の死を見れない)←自論ここまで
・ねこはもうけっして生きかえりませんでした。(涅槃、生天)← ところが後で釈先生が「涅槃は無理、ねこだから」と言って教室内が湧いた(笑)
・最後のページの絵にはねこがいない(不在):仏教にとって、輪廻転生は否定対象。生き返らないこと(涅槃)が理想(大般涅槃経)
釈先生→・この童話では誰それという名前が出てこない。固有名詞は近代自我の特徴、名前は自我を強める装置。

と。
四聖諦とかの『諦』とは?真理?まとめ?あきらめ?…で語源は?…という話になって、宿題に。
これは興味深い。

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