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自分なくし

「さよなら私」みうらじゅん
書き方が面白いので、少し抜書。とても簡単でやさしい仏教。

P.18|19『空アリ』
--ここから--
 街を歩いていて、いつもドキッとさせられるものがあります。それは駐車場やマンションに貼ってある看板の文字です。
「空アリ」
 なかには、「空ナシ」と、いうのもあります。
 仏教では「空(くう)」と読み、あらゆる事物は固定的な実体性を持っていないと説きます。
 人間は実体のないものをあると思い込み、それに執着し、わがものにしようとします。
--中略--
 この世の現実はすべて流動的であり、止(とど)まることはありません。
 あらゆるものにとらわれることなく生きなさいと、釈尊はおっしゃいます。
--ここまで--

P.20|21『徒労という修行』
--ここから--
 落ち込んだとき、落ち込んだ自分をどう慰めようとばかり考え、--中略--
 薄々は気がついているのだけれど、自分が悪者になりたくないのでなにかのせいにしたくて落ち込んでみせるのですが、だれの同情も得られなくてさらに落ち込みます。
 そんなときは黙ってドン底まで落ちてしまえばいいのです。ドン底だと思ってた場所がまだ真のドン底ではないと気づきます。今ある立場や幸せがこの先、いつまでも続くはずはありません。それは、この世のすべてのものが流転しているからです。
 そのことをしっかり心にたたき込み、あきらめ、それに慣れなければいけません。
 悲しいんじゃありません。
 しかたないことなのですから。
--ここまで--

P.22|23『呪文・そもそもはない』
--ここから--
 結局は、何もないということがわかるまでに時間がかかるものです。頭ではわかっていても、それは言葉としての「ない」であって、あるの反対語として認識しているにすぎません。
--中略--
「そもそもはない」
 何度も繰り返し、そうつぶやいてみましょう。
--中略--
 この呪文は一見、人の幸せを打ち消しているように思えますが、「ない」とは否定の意味ではありません。
 否定とて、あることを前提にしているからです。
--ここまで--

P.24|25『自分探し』
--ここから--
 サッカーの中田英寿選手が引退の際、発した「自分探し」は大問題です。
 本来はまだ自分のできることがサッパリわからん若者や、長くは生きてきたがいまひとつやりたいことが見つからなかった者が、カッコがつかないもので、夏場の冷やし中華みたいに「自分探しはじめました」って、苦しまぎれに発する言葉であったはずだからです。
--中略--
自分なんて見つけてるひまがあるのなら、少しはボンノウを消そうとする「自分なくし」のほうが大切じゃないでしょうか?
--ここまで--

P.26|27『脳との最終戦争』
--ここから--
 めんどうくさいのは「自分」があるからです。
--中略--
 自分が「自分」だと思い込んでいるものは何でしょう?ロマンチックに言えば「ハート」ってやつなのですが、実際は脳が作り出した幻想にすぎません。
--中略--言うなれば脳の奴隷が自分なのです。
 すべての悩みの原因は、自分があると信じていることなのですから。
--ここまで--

P.34|35『あきらめることから始めよう』
--ここから--
「あきらめる」という言葉はもともと仏教の言葉で、悲観的に用いられることがありますが、物事の真理を明らかにすることが語源です。
 人はどうにもならないことをあえてして、それがかなわないときに悩みを生み出します。自業自得、というやつです。
--ここまで--

P.42|43『不安こそ生きてるあかし』
--ここから--
 思い返せば不安でなかった日など、一日たりともありませんでした。
--中略--
 もし、不安じゃなかったときがあったりしても、それは単に不安を忘れているだけのことで、また気がつけば新しい不安はすぐそこに待ち構えているのです。
 不安の反対語が「安定」なんて嘘。安定なんてそもそもこの世にはなく、油断している期間のことをそう呼んでいるにすぎないのです。
--中略--
 生き物の宿命は別離であり、死別であること。この最大の不安から逃れることがない限り、安定などあるはずがありません。すなわち、不安をなくすということは生きることを否定することと同じ意味なのです。
 もう、あきらめるしかないが正しい。
--ここまで--

P.50|51『だまされるのはいつも言葉』
--ここから--
 人類最大の発明は言葉であり、最大の失敗を生んだのも言葉です。
--中略--
 たとえば「幸せ」なんて言葉。
--中略--
 だって幸せなて、人類が作った言葉。幻想ですもの。それが悩みの根源なんですね。
--中略--
「だまされたの私」、だまされたのは人にじゃなく、言葉にです。
--ここまで--

P.116|117『マイ・フェーバリットな仏を探して』
--ここから--
 しかし本来、仏像とは「生きることは苦である」と悟ったお釈迦様がモデル。生前は偶像崇拝は禁じられていました。それが死後500年ぐらいたって、「そろそろ肖像権も切れたろう」と、だれかが気づき仏像は作られるようになりました。
 国宝や重要文化財という美術心、拝む対象である宗教心、それとは別に言葉では表せないが「グッとくる」心というものもあります。
--ここまで--

P.172|173『じゃまくさいが正しい』
--ここから--
「じゃまくさいのは自分だ」
 自分などあると思っている自分です。これを知ったところで何もなりません。
 じゃ、どうすればいい?
 答えなどないと強く思うことです。
--ここまで--

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