書籍・雑誌

インド(クリスタル)メモ2

旅行会社の宣伝文句で「神秘の国インド」などと形容されているのを鼻で笑っていたのだが、インドクリスタルを読んでいて、インド旅行中に出会った女の子とか思い出したら、笑えなくなった。
いたよ、こういう子。今喋った言葉をそのままリピートできる子。
とか、計算の速さとか、覚えの良い事とか。知識欲もキラキラ良い感じだった。
小さいのに働かされてる中、もったいないなぁって思わされる子供たちによく出会った。
日本でも会社のインド人社長、万単位の暗算する位、計算得意だった。

「インドのどこが好き?」って聞かれても一言で「神秘的なところ」とは言えないけれど、日本では感じたことがないような、計り知れない可能性に惹かれるのだな。というか、敬服する感じかな。いや、畏怖かな?

神秘的って言っても、宗教的な部分ではないよ。
どうしても受け入れ難い。
建築や美術に宗教の知識を必要最小限だけ。
原始仏教につながるインド哲学は興味あるかな。

日本から見たらインドはまだ後進国と思ってる人は多いだろうし、そう思われても仕方ないような社会的事件が起こってることが残念で仕方ない。

でも下に見てたら恐いってば!

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語る禅僧文庫版11/10

南直哉「語る禅僧」が、文庫版で出る!(ちくま文庫)
メモ。

追記:解説は宮崎哲弥

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ヴェイユとシオラン他

昨夜は生暖かい南風で、台風並みの突風が吹いた。
今日になり、記録的な風速を記録したところが多かったということ。

南風の後は、西からやってきていた黄砂に包まれた。朝から昼まで。

大阪でソメイヨシノが開花との発表。
2002年3月20日に続き、1953年の観測開始以来2番目に早い開花で、1990年とタイ。
うちの御室桜はまだ芽が出たところ。

宮崎哲弥氏が若い頃影響を受けたという、2人の思想家の本を探しに図書館へ行った。
ヴェイユの「重力と恩寵」を借りた。
シオランは・・・もう、年寄りには向かないと思って止めた。悩める若人向き。

同じ日、借りたいと思って予約してた橋元淳一郎「時空と生命」まで、貸し出しOKになってしまった。

手元には「仏典をよむ」がある。

Yさんに借りた「毎日かあさん」が数冊ある。

大叔母さんが亡くなり、明後日告別式。

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南直哉「日常生活のなかの禅」

これまでに読んだ南直哉の著書、出版の古い順、
「語る禅僧」
「やさしい『禅』入門」
「問いから始まる仏教」
「〈問い〉の問答」
「『正法眼蔵』を読む」
「日常生活のなかの禅」
「老師と少年」
「なぜこんなに生きにくいか」
「人は死ぬから生きられる」

未だ
「出家の覚悟」

最近に読んだのが「日常生活のなかの禅」で、これまでに読んできた中では一番の良書かと思う。
タイトルがハウツー本みたいなのが、この本の難点かな~。(^^ゞ
でもこれ、内容を安易な人生訓を並べたハウツー本だと思って買った人は、投げ出すんじゃ?
(だから、私はこれを古書店で入手できたのか?)

話の流れ、まとまり具合、内容の濃さが申し分なく、すんなりと読めてわかりやすい。
サマリーを、と言われてもうまく言えないので、人に「とにかく読め、一冊そのまま読んだら他の仏教書はいらない」と勧めてうるさがられているかも。(-.-;)

なんで仏教は哲学じゃないのか、とか、どの仏教書でも引っかかっていた「信(信仰心)」に触れるところでも「あ、そういうことか」と腑に落ちる。(と、宗教嫌いのダンナさんに話すと、ますます読んでくれないのがじれったい…)

今日、文庫になった「老師と少年」を買ってきた。(いっちばん楽に読める物語風だし、読み直すとやっぱり人生訓・ハウツー本だったかもと思える。(^^ゞ)
で、文庫になってうれしいけど、解説の一人が土屋アンナねぇ。これで売れるのかな?(^_^;)
・・・他のも文庫になるといいな。

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「動物と人間の世界認識」日高敏隆

日高敏隆「動物と人間の世界認識 イリュージョンなしに世界は見えない」を読んだ。
(「利己的な遺伝子」の訳もこの人)

純粋に、あの時ウチノネコはどう感じていたのか?という疑問の答え(orヒント)が見つかるかな~?と思って読んだら、仏教的なニュアンスが感じられた、ということを書き留めておこう、と。

岸田秀氏の「唯幻論」(「人間は本能が壊れてしまった為にその代わりとなる『自我』が必要になった、けれどこの自我なるものはじつは幻想であるので、人間は幻想に支えられて生きることになった」)という考え方があったということ。

ユクスキュルの「環世界論」(動物は環境すべてを本能により即物的にとらえているというのではなく、むしろ本能があるが故にそれに基づいて環境の中からいくつかのものを抽出し、意味を与えて自らの世界認識を持ち、その中で生きている。だからその環世界は決して客観的に存在する現実のものではなく、あくまでその動物主体によって抽出・抽象された主観的なものである。)

日高氏の「イリュージョン」人間以外の生き物の世界観も含めて呼ぶ言い方を「イリュージョン」とカタカナにしている。 #環世界じゃダメ?引田天功と間違えられない?と思うのは私だけ?(^_^;)

で、人間以外の生き物のイリュージョンがどんなか、説明があって。

ダーウィンの「種の起源」(よりよく適応した個体はより多く子孫を残す…中略…このようにして進化が起こる)
=生き物は種の維持のために行動しているのではなく、遺伝子が利己的な利益だけの為に個体を操作して振る舞わせている(それぞれの個体が自分の適応度(fitness)をできるだけ増大させようとして生き、努力している)
=種の維持は個体の目的でもなく目標でもない、ただの結果
=進化には何の目的も計画もない というのがあって。

人間は「死」を知ってしまったので「輪廻」というイリュージョンを持ったが、それで楽に生きられるわけで~があって。(^_^;)
ドーキンスの「ミーム」は、そこはかとない願望である輪廻とか死後の世界の代わりに、現代人が持ったイリュージョンで、「自分が生きた証」「生きる意味」「どう生きるべきか」は「自分がいつまでも生きていたい」と同じことなんだてことで。

「色眼鏡でものを見てはいけない」と言われるが、実際には色眼鏡なしにものは見られない。
とか、「人間なんだから、客観的(=科学的)にものを見ることができる、またそのようにしなければいけない」と言われるがこれは大きな過ちで、単に「科学的な根拠を与えられたイリュージョン」の世界で生きているだけだし、それを楽しんでいるわけだということ。
人間は、何かを探って考えて新しいイリュージョンを得ることを楽しんでしまう動物なのだ。

・・・というのもまたひとつのイリュージョンにすぎないのだろう、って。(^_^;)

でもこういうふうに思い当たることで、堅苦しい「神」「真実」「美学」「経済」・・・なんていうのに囚われない世界を構築できるのでは? と結んでいる。

あとがきより
「動物たちが自分たちのまわりの世界をどのように認識しているのだろうか(中略)。
 動物たちを知るためばかりでなく、われわれ人間の世界認識について考える上でも、この問題はきわめて重要で(中略)、「客観的」「事実」「科学的」などという、われわれがしばしば気易く使っている言葉の意味を問い直すことになるからである。」

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バウッダ 講談社学術文庫入り

復刊.comに出ていた
講談社の12月書籍発売予定

バウッダ佛教@Amazon

つぶやきだな、これじゃ(^^ゞ

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ルイスレイパ100来る

こないだ壬生でお目にかかれなかった、キートスのライ麦パン「ルイスレイパ100」が通販で届いた。(^o^)
早速、お味見。
よく「お腹にガスが溜まるから、作りたてのパンは食べちゃダメ」と言うけど、二晩置いてるからちょうどよろしい。
ライ麦100%でサワー種を使ってる。持つとどっしり。
カットはパン切りじゃ切れなくて、菜切り包丁でまるで餅のように押し切り。
ふあぁと良い香り。キャラウエイシードが爽やかさを加味。
口の中で溶けるなんてことはまずない。噛みごたえありのうまうまライ麦パン。
バターを付けてみるが、無くても十分。
チーズの方が合うと思うが、何チーズが良いかな~~?考えるのが楽しみ。
蜂蜜を付けてみる。これも無くてもOKだけど、餅のように焼いたらバター&ハニーはいいおやつになるだろう。

と。

ダンナさんの腰痛が完治しないため、家でゴロゴロしたわけだけど、車でちょっと買い物に。
帰りにふと近所のお寺の掲示板を見たら釈徹宗の名前が!
へぇ~。こんなに近くにインターネット持仏堂の釈先生が法要に来ることもあるのね。
池田市如来寺の住職だとか。地図はこちら
どんな人か興味津々だけど、お寺の中までは見えなかった。残念。

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動的平衡

連休は先週土曜日に京都に出かけたくらいで、あとはジムと近場でうだうだした。
つかしんとかガーデンズとか。
ついにオアシスとか、最後は家でケーキとお茶。行くところなく金穴だし。
実家のために、草が生えなくなるシートってのを注文した。
だってまたぼったくりの植木屋を頼もうとするんだもん;;; って、後に労働が待っているんだけど。(-.-;)

福岡伸一「動的平衡」を借りて読んだ。
「生物と無生物のあいだ」の後半部分に、おまけがついたみたいな内容だった。
軽いテーマ別の話を集めたもので、読みやすかった。
一番のテーマは「動的な平衡とは何か」で、そのおまけに「アンチ・アンチ・エイジング」などがあって、(ソトコトらしく)テーマを貫くキーワードは「サスティナブル」。
・・・ググるといっぱいレビューが出てくるから、感想は書かなくてもいいか。(^^ゞ
羽が螺旋型の風車には興味が湧いたので、メモ。

抜き書きしてダンナさんに読ませた。
仏教本を推しても「宗教は嫌だ」とガンとして受け付けないのだが、これは読んでくれた。
私は、ブッダの気づいたこともシェーンハイマー(福岡伸一)の気づいたことも、同じに聞こえるんだけどなぁ。
まあいいや。読んでくれたので。
「『猫哲』(猫の哲学)を書く」って言ってたのに全然ペンを取ってくれないから、ヒントになったのでは?(^_^;)

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本のメモ

読んでいる本のメモ:

「入門 哲学としての仏教」竹村牧男
何だか、ふざけた感じが、カチンとくるツボにはまって興醒めした。
読んでると、自分の尻尾を咥えてグルグル回っている蛇を見てるところを想像してしまう。
小難しくて、その難しいのがわかる人がそっちの世界だけで満足しているのね、ってのを、こっち側から眺めている私がいる~。(-.-;)

読みたい本のメモ:

「日本人と『死の準備』」山折哲雄
父親の癌死を体験したので、読みたくなった。

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ウチノネコ夢に出る

昨日、昼寝してたら夢を見た。ウチノネコ。
今日が命日だからかな、夢の中のウチノネコってば、もう一度死んでしまった。

今、南直哉と玄侑宗久の「同時代禅僧対談『〈問い〉の問答』」を読んでいる。
南「・・・ある人間にとって意味のある『死者』というのは、死者一般ではありません。その人間が存在する意味の一部をつくった人、すなわち『存在に根拠を与えた人』なんですよ。だから、それが不在になったときには強烈な傷になります。その『欠落のリアリティ』が次の力を生み出すのだろうと思います。しかし、それは不在なのです。理屈で考えれば、不在者に対して、いまさらコミュニケートする尋常な手段はありません。となると、死者という決定的な欠落を、ある種代償する何かの枠組みをつくらないといけない。あるいは、それが不在であればあるほど、逆に強烈なリアリティを感じさせるような設定を、その人自身のなかで次から次へと用意しないといけません。」

・・・ウチノネコがいなくなった私。(泣)

でも、恐山には設定を求めたりしないなぁ。(^^ゞ

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